前川日記 2020.

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2020.6.1.()

日記を再開しよう。

何度目かの再開だ。

という理由ではなく、コロナ状況の一つとして小松左京の「復活の日」を読む。

出来栄えでは「日本アパッチ族」や「日本沈没」に及ばない。

 

6/2.()

久しぶりにゴルフ練習場。

空いている。

先日姪急逝。妻の実家の焼津で葬儀だが、この状況では出かけるわけにもいかない。

未婚のままだった。可哀想。

葬儀花手配。

 

6/3.()

事務局。

 

6/4.()

床屋。でかけてからマスクを忘れたのに気が付いた。

店でそういと、「では、どうぞ」と言って出してくれた。

有難く使わせてもらう。

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帰宅して次女の手製マスクで写真。

 

天安門土建から40年。

 

6/5.()

赤坂でマッサージ。二ヶ月ぶりか。

終って「砂場」。

帰りに血圧計買う。一昨日デジタル表示が不調。問い合わせると基本的な寿命は5年だという。もう10年は使っている。買い替え。

 

6/6.()

庭のバラの枝を切る。花は散り始めた。

今年は、チャーリップも杜若も咲かなかった。寿命なのだろうか。

夜激しく雷雨。落雷。

 

6/7.()

欝々と日が過ぎる。コロナ禍だ。

 

6/7.()

 

6/8.()

 

6/9.()

ゴルフ。御殿場。

今年に入って初めてだ。

晴れて蒸さず。風心地よし。

久しぶりにいい疲れだ。

 

6/10.()

事務局。

 

6/11.()

高校のメンバーでON LINE会合(012E「茶話会」・・・新制高校12E)

なかなかうまく入れないメンバーがいて若干混乱。

ま、それもいいか。

 

6/12.()

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渋谷東急本店。

空いている。・・・が、それでも開店前に50人程並んでいる。

デパートで並んで待つというのはどういうことなんだろうと思う。

赤坂で銀行立寄り。

マッサージ。

終ってグラナータ。これも久人ぶり。

 

写真は何かと話題の渋谷スクランブル交差点。

 

6/13.()

次回の「茶話会」のための資料PPT作成。

パワポは久しぶり。手順を思い出すのに少し手間。

 

6/14()

スポーツ名勝負のテレビ再放送を見る。

面白い。

 

6/15.()

[6.15.]だ。

1960年から1年後の写真。

学生運動は分裂衰退の時期だった。

誰が撮った写真だろう。

 

6/16()

79歳。

歯科。

 

6/17()

「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」観る。102609611_3045970208843670_99452875696488936_n[1]z.jpg

東宝シネマズ日比谷シャンテ。

凄く面白かった。

 

事務局

 

6/18.()

昨日の映画についてFBに投稿。

 

これは「テレビ的」仕事である。

「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」

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  1. 圧倒的に面白かった。

  2. その理由
    ・私が、ほぼ同時代人だからである。
     (1960年大学入学 1964年TBS入社 1968年TBS闘争)
    ・生身の三島の魅力。言葉も立ち居振る舞いも。
     三島作品はほとんどといって良いだろう、読んでいない。読みたいと思わない。
     しかし、「などてすめらぎは人間(ひと)となりたまいし」の一言を知った
     時、それはやはり衝撃的だった(もちろん私は天皇主義者ではない)。
     ⇒私の中で北一輝への関心どこかで通底するだろう。
    ・全共闘は、日本の左翼として初めて「身体」的ということを提起した。
     そのことが知性との関係で語られている。

  3. 全共闘運動は二つのピーク(頂)を持つ。
    一つは東大であり、もう一つは日大である。
    (京大パルチザンについては詳しくは知らない。)

  4. 東大全共闘の圧倒的な知力=観念性・抽象性と身体性(反知性)がブレンドされないまま混沌と提示されているのがよく分る。そこが面白い。

  5. その意味で、三島と全共闘は既に共闘関係にあった。天皇や情熱の問題ではない。

  6. 三島のあるいはこの議論が残した「言霊」はいまも残されたままである。

  7. 全共闘OBたちはその言霊を背負っている。
    この映画を見終わって、私たちもそれを背負わされている。

  8. 芥正彦の存在感は凄い。現在もなおそれを持続している。目力(メヂカラ)に感心。

  9. 「解放区」は空間としてではなく時間として存在するべきだ、とは至言である。
    「一つしかない時間をもってくるやつが一番危険なんだよ。歴史だけじゃなくて、権力という時間。自分の正しさ以外に認めないだろ。」(芥)

  10. この映画は、映画として製作され映画館で上映されているが、極めてテレビ的である。
    ・記録媒体はフィルムだが、むしろ中継というべきだ。
    ・当時の技術的条件では、中継車と大型カメラを持ち込みケーブルを敷設するは物理的
     に難しい。
    ・取材交渉としても現実的ではなかっただろう。
    ・テーマに沿って大きく編集されていて、また当事者・関係者のインタビューや状況映
     像は挿入されているが、表現手法としてのモンタージュは一切ない。
    ・討論の時間と空間をそのまま提示しようとしている。

  11. テレビ局の映像素材アーカイブの価値が見直されて良い。

  12. これは、すぐれてテレビ的仕事である。このことを極めて高く評価する。

書き忘れたことが二つある。

一つは、東大全共闘議長山本義隆のこと。将来のノーベル物理学賞を嘱望された若き学徒は、東大全共闘議長をきっちり引き受け大学を去り、わびぅ教師として生きた。そして、すぐれた科学技術史を著し、福島原発事故について透徹した知見を提示した。知的であることの先の「知性の叛乱」(山本の著書)を生きた。その高い倫理性は、東大闘争のもう一つの到達点だと私は思う。

 

もう一つは、テレビジョンの<時間>についてである。

 『「テレビ――お前はただの現在に過ぎない」とは、即ち、テレビの同時性(即時性)に対する「権力」及び「芸術」からの否定的非難の言葉として、ぼくらに発せられているということなのだ。
 「時間」をすべて自ら政治的に再編したあとで、それを「歴史」として呈示する権利を有するのが「権力」だとすれば、そのものの「現在」が(を...引用者)、as it is(あるがまま)に呈示しようとするテレビの存在は、権力にとって許しがたいだろう。「テレビ、お前はただの<現在>にすぎない。お前は安定性を欠き、公平を欠き、真実を欠く」――それが体制の警告だ。テレビが堕落するのは、安定、公平などを自ら求めるときだ。
 「時間」をすべて自ら選択し内面化したあとで、それを「作品」として呈示することを「芸術」とするならば、時間を追うことによってのみ、独自の表現をもたらそうとするテレビは、芸術の第一義的本質を欠いている。非選択的、非永遠的、非作品的......etc。それは、いわゆる「芸術」からみれば、「テレビ、お前はただの<現在>にすぎない」となるだろう。』
「お前はただの現在にすぎない テレビに何が可能か」(萩元晴彦 村木良彦 今野勉 田畑書店 1969 )より。
 東大闘争と同じ時代に示されたこの言葉は、テレビジョンの本質を突いた言葉として語られた。テレビジョンは何度もこの原点に立ち返らなければならない。

 

7/1()

「今日は何か予定があったはずだが、手元のスケジュール表にもカレンダにも何も書いてない。記憶違いだったのだと思って、家で資料整理などしていたら事務局から電話。

「今どこですか?」「家だけど・・・?」と言った途端に卒然と3時から

の打合せを思い出した。

「ゴメン、電話で出来る限りの話をするよ」と言って何とか乗り切ったが、これはまずい。

たまに、ダブルブッキングや記憶違いはあるものの、どこかで気が付いて何とかしてきたのに、今回ばかりは全く完敗だ。ス

マホにガラケーのスケジュールが移行していなかったということもある。直ぐにアップルサポートに電話してデータ移行。

肝に銘ずるというのはこういうことだ。

それにしても、この半月スマホ対応のためのエネルギーは結構なものだ。

 

7/2()

渋谷東急本店PAPAS経由で「駒方どぜう」渋谷店。高橋君と一献。

この店は、午後の時間も開いているので、昼にゆっくりするのに最適。8月の京都行きのことなど。彼の体調の問題で、諦めていたのだが復調し、旦那の管理に厳しいカミさんからもOKが出たという。

では、改めてどういう仕組み段取りにしようか後日相談。

 

7/3()

事務局。

月曜の失敗を陳謝。

 

7/4()

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久しぶりにTBSメディア総研立寄り。

セキネは相変わらず元気に見えるが、両親の世話で大変だろう。

察するしかないが、彼女の明るさに感心する。

TBSメディア総研社長を引き受けた時の最大のテーマ、「メディア総研のリニューアル」はセキネなしにはできなかった。

TBS人生の最後を気持ちよく追われたのも彼女によるところが大きい。

感謝。

夕方、市川君と「砂場」。

インテリジェンス変わらず。

 

7/5()

事務局立寄り。

夜、TCS(日中韓三国協力事務所)と会合。渡辺氏、田中氏と。

韓国PD連合からの情報があったのだろう、「日韓中テレビ制作者フォーラム」の今後について何かサポートできないかという提案。

「会」の在り方や、フォーラムの問題点など説明し意見交換。

外交辞令もあるだろうが(こちらもだが)、概ね丁寧な対応で誤解はないと思うが、先方内でどういう議論になるか不明。

 

7/6()

雨、曇天鬱続く。

洗濯内干し。鬱陶しい。

出版準備に専念。

データのコピー、整理、メモ作成など。

漸く全体が固まりつつある。

書いたものの選別が大変。

 

7/7()

昨日の作業の続き。

 

7/8()

庭の雑草が伸びている。

一月前に業者が綺麗にしてくれてサッパリしたのに、生命力というか季節なりにというのか、もう荒れ始めている。

 

7/8()

ヨガ。

「株式会社化する日本」読み終える。

鳩山友由紀夫という人の理想主義は貴重だ。しかし、政治のリアリズムがそれを許さなかった。

民主党政権をもう少し、あるいはこう一度やらせる辛抱強さが国民になければ二大政党など無理だ。

 

7/9()

ヨガ。

2週間が空いた。これ以上空けると、そこで終わりそうだ。

 

7/10()

事務局。

理事会打合せ。

「放送人の証言」出版関係で、東大丹羽研究室打合せ。

これまでの共同作業について、前任教授からの資料引継ぎの確認など。

この研究室は、NNNドキュメントのアーカイブ化やTBSのメディア研究講座などかなり面白いことをやっている。

おわって、深尾君と本郷三丁目で一献。

「雪男」という酒が美味い店だった。

 

7/11()

ゴルフ打ちっ放し。

出版準備。

書き散らしたものを読み返してみると、すでに今の状況から髄分ずれているものもあるが、でも色々書いているな・・・とも思う。

 

7/12()

寒い。

梅雨が長い。

 

7/13()

太平洋御殿場ウェスト。

長女、次女の夫たちと。

この季節のゴルフとしては暑くなく、雨も何とか降らずにラウンド。

 

7/14()

雨。

止む無く洗濯。

部屋干し。

 

7/15()
IMG_0007a.jpg映画<新聞記者>。新百合ヶ丘イオンシネマ。
「政治の幅は常に生活の幅より狭い。本来生活に支えられているところの政治が、にもかかわらず屡々、生活を支配していると人々から錯覚されるのは、それが黒い死をもたらす権力を持っているからにほかならない。」(埴谷雄高「幻視の中の政治」序詞)
「生活」を「職業/ジャーナリズム」と読み換えれば、そのまま映画「新聞記者」のテーマになるだろう。

そして、それは「錯覚」ではなく、それ自体が政治のリアリズムなのだ。
だから、私たちはラストシーンのカットアウトの瞬間、暗転したスクリーンから主人公たちを待ち受ける過酷な運命を読み取ることが出来る。
この映画が製作、上映されたことにほんの少しの希望を見出すということは、時代はそれほど悪いということだ。IMG_0026a.jpg

それにしても、この映画を2週間で撮り上げたとうのは驚きだ。
最近、観るべき映画を観ないで過ごすようになった。

敬愛する堀川とんこうさんが、2年程前だろうか、「80が近づくとリビドーが枯渇する」と言っていたことを思い出している。今回は、観るべき映画を観たと思う。もう少し螺子(ネジ)を巻こう。

 

前川日記2019.6.1.~10.日記復活

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3/21()

身体的疲れに一日身を任せる。

 

3/22()

事務局。

 

3/23()

高校時代の集会、スピーチ準備。「存在論的テレビ的」。もちろんこれは東浩紀氏の「存在論的郵便的」のタイトルだけ拝借したものだ。

漸くその気になる。

秋に予定している自費出版企画「My History」の作業と重なる。

 

3/24()

家事作業。

My History」。観念の図式化は、マァ得意とするところ。

これを語りとして文書化するのが大変。

AMAZONに発注していた本届く。

 

3/25()

自宅作業。

 

3/26()

駅前の銀行に所用。

終わって書店に立寄る。

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フト気になって手に取った本と、その連鎖反応で目についた本を買う。

本を買うのはビョーキみたいなものだ。

本は、モノとしての本でもある。

机の上には読みたいと思いつつ、そのまま積んである本が何冊も。どうしよう。

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「書を捨てよ、街に出よう」と言ったのは寺山修司だが、今は「街に出ずに書を読もう」という気分だ。

3/27()

事務局。

決算関係作業など。

終わって赤坂見附で一献。

 

 

3/28()

孫が高校進学の挨拶に来る。

さて、これからどうなるのか・・・期待と心配。

夕陽が凄い。

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3/29()

シーズン最後の戸隠行。

新宿駅は春休みのせいか混雑。

東京駅の寿司清で昼食。悪くない。

樅の木山荘は子供たちのグループと二家族のグループ。

 

3/30()

曇天。

バーンはザクザク雪が凍って難しい。視界悪し。

午後になると緩んできた。あまり頑張らずに引き上げる。

馴染みのバーンを一通り滑って、「またね」とご挨拶。

15日滑走、マ良いだろう。

夜、雨音。

 

3/31()

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朝、新雪が日に輝いて綺麗だ。

今日は滑らないと決めた。昨日ちゃんと挨拶したから未練はない。こういうシーズンの終わり方は悪くない。

板の手入れをして所定の場所に。靴もブーツケースに入れて棚に上げる。

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あゝ、終わった。

宅急便のパッキングをしてバスの時間までのんびりする。

早めに帰宅。

 

4/1()

片岡藍子さん一周忌。

夫君の和泉さん宅で昼食。ご親族など10人ほど。

とりとめもなく、とはいえそれぞれの思いを語って散会。

 

4/2()

箱根カントリー倶楽部。

シーズンインとしてはレベルの高いコースだ。

 

4/3()

朝、ロンドンから戻ってきているRと電話。

少し疲れた。

午後、事務局。

「日韓中テレビ制作者フォーラム」中国の準備会関係について返信。

グランプリもすっきりしないことあり。

何かと面倒。

 

4/4()

午前中、定期検診。

午後、赤坂で桜を観る。

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その後で、大学時代からの友人高橋君と赤坂「砂場」でゆっくり酒を飲む。こういう酒は良い。

体調芳しくなかったというが、こうしてカンバック出来て良かった。

 

4/5()

午後事務局。

夕方、テレビマンユニオンで会長打合せ。

深尾、千葉同席。実務能力の高い二人がいると安心。

終わって、EL BUERO

3/11()

事務局。

 

3/12()

午前中、ヨガ。

午後、「総会」、「放送人グランプリ」進行打合せ。

終わって、紀尾井町「小石川」で深尾君と懇談。

 

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午前中、上野東京都美術館「奇想の系譜」。

これだけ個性的な画家八人の展覧会は中身が濃い。

面白かったけど疲れた。

思えば、日本美術に興味を持ったのは辻惟雄氏の「奇想の系譜」に出会ったからだ。

 

それが展覧会企画になって、しかもさらに二人が加わってかなか凄い企画だ。

一人ずつでも立派な展覧会企画になるのだから、今回の展示の実現は大変だっただろう。

 

午後、顧問室立寄り後制作局OB会。

出席者はみな元気だ。

 

3/14()

ゴルフ練習場。

4月になれば、ゴルフか。

 

3/15()

IMG_8256.jpg今日は「河鍋暁斎」展。六本木サントリー美術館。

江戸から明治への時代の動乱が、この画家の内部に狂気のようなものを投じたのだろうか。

一月で日本画の展覧会を三つ。

どれもそれぞれに興味深かった。画家も、展覧会企画としても。

終わって事務局。

 

3/16()

月曜からのスキー準備。

(高校進学)と一緒。

 

3/17()

放送人ブログのサーバーが切り替わるので、データ移管などの手作業。

 

3/18()

4時半起き。

6時に百合ヶ丘で次女、孫と合流して、東京駅から長野へ。

9時半に樅の木山荘着。

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11時前にゲレンデ。

3時半ころまで良く滑った。

晴天微風。

3/19()

うす曇りのち晴れ。

春から高校進学の孫のスキーが格段に上手くなっていてビックリ。シーズン2回程度しか滑っていないのに急に上手くなった。背が伸びるともに体型がしっかりしてきたこと、0歳児から続けてきているスイミングの成果で体幹強いことなどが理由だろう。昨年までは途中で追いつくのを待ったものだが、今年は振り返るとすぐ後ろにいる。息が抜けないので疲れるが、成長を間近に見る思いで楽しい。

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ランチは観みんなで好きなものを取ってシェアー。鴨と豚肉のスモーク、ラクレットチーズのランチ、信州牛のステーキなど。

夕方まで滑って草臥れた。

 

3/20()

快晴微風。

山脈が霞んで春だ。

朝は冷えて硬いバーン。昼頃から緩んで日向の雪はブレーキがかかったみたいになり、ちょっと危ない。それでもしっかり滑った。

充実した三日間。

来年が楽しみだ。

 

9時頃帰宅。

2/16()

何もなし。

 

2/17()

戸隠行。

家の都合で午後発

「かがやき」の自由席空いている。

長間駅前でバスの時間調整。鯉の唐揚げと蕗の薹の天麩羅。悪くない。

18時のバスは中社止まり。宿の車で迎えに来てもらう。

 

2/18()

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無風快晴。

午前中は快適。

踏み込みが良くなって安定してきた。板の乗る位置が微妙に改善されている。不整地直滑降の成果か。

昼頃から気温が上がり、湿雪の危険なバーン。

 

15時半頃宿に戻る。


2/19()

前日から泊まっていた女性がレンタルの板を眺めて「お友達のだ」という。「その掛川さんって、ぼくの古いスキー仲間ですよ」というわけで、お互いの知り合いだったことが判明。

 

曇天。

昼頃から雨予報。

雪というより氷の粒のような降り。

14時頃切り上げる。

宿戻って暫くして階下に降りると例の女性がぼんやり座っている。「どうしたのか?」と聞くと、レッスン中に転倒して頭を打った、気が付いたらパトロールの救護室だった、という。

暫くするとレッスンしていた教師が様子を見に来て「気分が悪くなったら病院へ行ってください。学校としても保険に入っています。」と言って帰って行った。アフターケアとしてちゃんとしている。

夕食時も普通に会話していた。明日の朝の様子で判断しましょう、ということにした。

 

2/20()

10時のバスで帰ろうと思ったが、霧が晴れそうな気配なのでメノウ山に上がって12本滑ろうという気になる。

第6リフト3本、第5リフト1本。気持ち良く滑って上がる。

12時のバス。

16時頃帰宅。

 

2/21()

小石川茶話会。学士会館。

次回から第2ラウンド。

さて、何の話をしようかな。

 

2/22()

事務局。

出版WG

 

紀尾井町の蕎麦屋で深尾君と一献。

帰りの小田急が向ケ丘遊園で運転休止。新百合ヶ丘で人身事故だという。

さて、どうしよう。再開まで1時間の見込み。

下りは動いていて登戸―溝の口経由で田園都市線、長津田から町田に出たラどうかとも思うが、面倒だ。タクシーがあるかもしれないと思って改札口を出る。タクシー乗り場は混んでいて直ぐには乗れそうもない。ふと見ると溝口行きのバスが止まっているので、「どのくらい時間はかかるの?」と聞くと「25分位だ」という。それなら、電車の乗り継ぎより早いだろうからと思って乗ってみた。途中まで行くと「柿生行きは乗り換え」という。柿生に出てタクシーにしよう、と思って降りてみた。・・・が、他の行き先のバスは来るが、柿生行きは来ない。暖かい日で良かった。もう9時半過ぎている。降りてきた人が「どこに行きたいのか」というので、コレコレというと、柿生行は10時過ぎまで来ませんよ、という。親切な人だ。

では、やっぱり溝口に行くしかない。結局売3本分の時間を無駄にして溝口で田園都市線に乗った。この時間なのに凄く混んでいる。以前は小田急が混む電車だったが、田園都市線の混みようは尋常じゃない。ともかくも、長津田で横浜線に乗り換えて町田へ。小田急のホームに出ると、急行が2本続いてて各駅停車はその後という表示で、なんということだろうと思っていたら、2本目の急行は途中まで各駅に停まるという。このあたりの対応は小田急は柔軟で良い。漸く鶴川着。バスがなかなか来ないということもあって、帰宅したのは11時過ぎ。向ヶ丘遊園から3時間だった。

 

2/23()

さすがに疲れて終日ボーっとしていた。

 

2/24()

HPが新しいフォーマットに移行する。

サーバーの管理も新規になる。

ブログも新しくなるので、今までのデータをコピーしないとデータが消去されてしまうので、そのデータ保存のためのコピーに追われる。

思えば、色々書いたものだ。


2/25()

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銀行、郵便局など立寄り。青山ジローでゴーグル購入。

ジローはユニークなスキーショップで、かなり高級なものしか扱っていない。いかにも青山の店だ。ここで「イイナ!」と思ったものを買っていたらきりがない。

 

その後で、テレビマンユニオン今野氏打ち合わせ。深尾君同席。

終わって5時前からワインが飲める店を探して一献。

 

2/26()

ヨガ。

自宅で片足立ちは90秒くらい何でもないのに、一定の姿勢を保つとか一つ動作が加わると安定しない。なんでだろう。

 

2/27()

昼前に「孫、合格」の連絡。しばらくして母子で挨拶に来た。

長女宅で昼食。一同ホッとする。

午後、事務局。

総務委員会。

理事選の作業確認。事務局長の千葉氏が家の事情で総務業務に専念できないのがちょっと辛い。やむを得ない。

 

2/28()

自分史+メディアノート=[存在論的テレビ的]の準備。

高校の集会(茶話会)の準備と併せて少しずつ形にしたい。

 

3/1()

「新北斎展」。

六本木森アーツセンターギャラリー。結構混んでいた。

初めててみる作品も多くそれなりに面白かったし行ってよかった・・・が、決定的な何かが欠けている。それとも、幅広い展示の中に、埋もれてしまったのだろうか。

 

3/2()

53379768_2095132827260751_6656710210809233408_n[1].jpg「中川晴之助さんを偲ぶ会」。

ハルさんは、制作部を離れるときの部長。

おおらかでゆったりした大河のような人だった。物事テキパキ決めるということはなく、ゆったりと包含するように方向づける人だった。そのあたりの呼吸が分かれば、「ハルさんこれはこうしますよ」といえば、「ああ、そうか、うんそうしよう」という人だった。

こういう会では、参加者が勝手に話して挨拶を聞かないことが多いのだが、今日はみんなが耳を傾けていた。故人の人徳というべきか。

 

洋画家中川一政画伯の次男だった。

就職して15年経った頃だっただろうか、兄とともに少年時代から世話にもなり経済的にも支援してもらった叔父に「自分たちもどうやら自立したのだから、ちゃんとお礼をしよう」と相談したのだが、「でも、あの叔父は金銭でのお礼は絶対に受けないね」と話し合った末、その時の上司だったハルさんに「お父上(中川画伯)に書を書いて頂けないか」とお願いしたのだった。画は高すぎてとても無理だった。
ハルさんは「いいよ、親父に頼んで見るよ。だけど、書は年に一度正月の気分の良い時にしか書かないから、少し待ってて欲しい」と言われ、結局三年待って書いて頂いたのだった。額装は100cm×45cm程だったか。

「我は石也
 道に落ちたる石也
 人手にとれば玉となり
 人手にとらざれば唯の石にすぎず
 我は石になりゐて嬉しかりけり
 人のひろひて玉となるまで」

叔父は大変喜んでくれた。

その叔父も数年前に九十九で亡くなった。

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3/3()

戸隠行。

昼食は、鯵と小鯛の押し寿司。

これ気に入っている。

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夕方、樅の木山荘いり。

雪が減っている。

孫が来るまでモツだろうか。

 

 

 

3/4()

一日中湿雪。

それでも、積雪が増えればいい

 

3/5()

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雲が抜けて天候回復。

木々の枝に昨日の新雪が積もっていて綺麗だ。

久しぶりにリフトから写真を撮る。

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休憩の時に、自分の写真もゲレンデレストランのスタッフにも撮ってもらった。

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ついでに自撮りも。

良く滑った。

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基本中の基本、不整地直滑降の時に板の乗る位置を確かめることを意識的に繰り返した。

まだ上手くなれそうだ。

 

3/6()

昨日良く滑ったので、今朝は滑らずに帰ろうかと思ったが、朝起きてみれば晴れている。

9時前に出て、第6リフトのメノウ山稜線、東側と西側を2本ずつ、ブラス第5リフトを1本気持ち良く滑って10時過ぎに宿に戻る。

昼過ぎの新幹線に乗って夕方帰宅。

再来週の孫とのスキーのため、東京駅の売店の確認などして疲れた。

 

3/7()

午前中定期検診。

花粉症のための薬を処方してもらう。

服用薬と点眼と。

朝日新聞 「識者120人が選ぶ平成の30冊」。

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読んだのは「1Q84」、「銃・病原菌・鉄」、「<民主>と<愛国>」、「ねじまき鳥クロニクル」、「磁力と重力の発見」、「東京プリズン」、「昭和史」、「ものを食う人々」、「逝きし世の面影」、の9冊。 まあ、読んでいる方だろうか。

しかし、それにしても識者120人て誰だ?

アンケートによる回答だというが、回答者の名前は公開を前提にするべきではないだろうか。恣意的な印象を与えるのは良くない。

 

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朝、西の山脈が白い。

昨日の雨が山では雪だったのだろう。

右端の鉄塔の奥が富士山、左に丹沢連峰が続き、一番左が大山。

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朝、西の山脈が白い。

昨日の雨が山では雪だったのだろう。

右端の鉄塔の奥が富士山、左に丹沢連峰が続き、一番左が大山。

 

3/9()

家事労働の日。

洗濯、掃除、アイロンかけ、など。

3/10()

花粉症の薬のせいだろう、眠い。

 

2.1()

午後、事務局。

2018年度決算着地見込み及び予算案。

その後、総務委員会。理事会対応。

 

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「名作の舞台裏科捜研の女」。横浜関内ホール。

それにしても、沢口靖子人気は凄い。ちょっと感心。

内藤剛士とは三十五年ぶりくらいか。良い俳優になった。

終わって、数人で関内の居酒屋で歓談。

2/3()

終日何もせず。

 

2/4()

孫の高校受験まであと1週間。

 

2/5()

午前中ヨガ。

近くの小学校の土手に梅の花。

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夕方、赤坂で永井氏とセキネで懇親。「麦屋」。

永井氏は相変わらず。勤勉であり、且つ奉仕的だ。

奥さんの医療過誤で人生が変わった。

セキネはいつもと変わらず。彼女と話していると気持ちが明るくなる。

 

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事務局。

 

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午前中、六本木鴨下眼科。

視野の検査。この検査凄く疲れ。

診断で「変わりありません。症状の進行はないですね」と言われると、本当にホッとする。

緑内障と診断された何年経つだろうか。15年くらいか・・・。

終わって渋谷に出る。東急本店で長野の内山家に線香送る、内山氏は去年6月に亡くなっていた。信越放送の役員の頃、地デジなどで交流。元報道記者で「あさま山荘事件」の時の現場中継。そのはなしは、「放送人の証言」に記録されている。酒の付き合いもゴルフも楽しかった。いい友がまた一人逝ってしまった。

家の仏壇をどうしようなどと思うが、特にどうするという判断もない。

東急で時計修理。昼食。

青山の喫茶店で時間を潰し、3時にユニオンで会長打合せ。深尾君同席。

5時、神田学士会館で小石川高校茶話会打合せ。今回は碁を打つ女性が「女流名人は生まれるか」。この人どれくらいの話をするのだろうかといささか気になっていたが、凄く面白い。

 

2/8()

事務局。

明日の理事会について、会場の変更確認と雪対応について全理事に通知。

 

2/9()

朝、気になってカーテンを開けるが雪降ってない。交通機関が乱れているという情報もない。

これなら大丈夫だろう、と思っていたら10時頃に某理事から「家の辺り(大田区)は凄く降ってきた。今日は中止にしないのか?」と電話。「こちらは全然降ってない。これから事務局に出て昼頃の状況を見ましょう」と返事。

12時半ころ、事務局着。深尾君待機している。何事もなし。

会議室セッティングなどして待機。

会場間違えの理事もいず、無事終了。

理事選について、会長提案が議論の結果取り下げになるという珍しい事態もあったが、それはそれで良い。終わって「蕎麦 小石川」。

 

2/10()

議事録作成。

2/11()

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孫の受験日。今日は私立。

午前中で試験は終わり、5時にはネットで発表だという。

曇天。長い半日。

自分の中高大学の試験の時のことや、長女の大学受験が仙台だったので付き添いで行ったことなど思い出す。長女の発表の日、家族で速達を待っていたことも。もてあますような、しかし何もすることのない半日を過ごして、メールで母親(次女)から「残念」の連絡。

次は公立だそうだ。

2/12()

何かをするという気にならず。キッチン周りを掃除する。

明日からのスキーも日延べ。

 

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事務局。

ネットワーク環境関連作業最終確認。

[自己史+メディアのこと+若干の状況論]のようなものを書こうと思っているうちに、高校時代の「茶話会」という場でそのような話をすることになってしまった。加えて、書いたものをストックして置いたブログのシステムが変わるので、データを移さなければならない。これは手作業。

色々重なって手をつかねている間に、60年代の「転向論」が浮上してきた。

懐かしい本を書架からおろして眺めているうちに時間が過ぎていく。

過ぎた時間の蓄積が腐葉土のように意識の底にたまり、忘却されようとしている。

「残された時間」という思いが少しずつ強くなってきたようだ。

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2/14()

孫、公立受験。

上手く行って欲しいとつくづく思う。

終日確定申告作業に集中。気を紛らわす。

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夜、長女夫婦と外食。寿司。

長女夫婦も次女一家も、みんな良い家族だ。ありがたい。

 

2/15()

孫面接。

公立で面接があることを知らなかった。

何を聞かれ、何を答えたのだろう。

落ち着かず。

夜、「放送人の証言」出版企画のことでS氏から電話。話は会の在り方ら放送の存在理由、などなどに広がり、1時間を超えた。数日前の電話会話も1時間。ちょっと疲れたが、優れた知性の話題を外してはならない。


 

前川日記 2019.1.16.~31.

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立看もアジビラも吸い殻もない。こんな衛生無害の環境で自立の思想は生まれるのか?などと思う。「ロストフの14秒 日本vs.ベルギー 知られざる物語」を推薦。黒井千次は良い。そこには、日常の怖さがある。

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